2009年03月22日
春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき
見ずや あけぼの露浴びて
われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を
錦おりなす長堤に
くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき
著名な武島又次郎作詞、滝廉太郎作曲の『花』である。
この歌詞を、英訳してみた。
Sumida River in the right spring,
Boatmen, who come along up and down.
Drops trickling from their rows, scattering like flowers,
How can be explained, this splendid scenery?
Why don’t you look? There’s dawn,
Cherry blossoms talk to us, dressed in dews.
Why don’t you behold? There’s dusk,
Green willows invite us, stretching their hands.
Above a long embankment in the evening dress,
Comes and rises a hazy moon.
Surely are, two hours, worthy of two million pounds!
How can be explained, this splendid scenery?
第三聯の三行目は、直訳しても意味がない。
それで、一刻すなわち二時間を、二百万ポンドに値する、としゃれてみた。
二百万ドルでは、味気ない。金儲けの国アメリカの貨幣単位では、味気ない。
さらに、韓国語に訳しても、みた。
화창한 봄의, 스미다강.
올라 내리는, 뱃사람들의
노의 물방울이, 꽃이 되고, 지다.
이 경치를 무엇에, 비유 할 수 있어?
보지 않았어?새벽의 이슬을 받아
나에게 이야기를 거는 벚꽃나무를.
보지 않았어?황혼에 손을 펴
나를 부르는 푸른 버들을.
비단의 옷을 껴입는 긴
제방 위에 와 오르는, 어슴푸레한 달.
확실히 一刻이 千金인
경치를 무엇에, 비유 할 수 있어?
だいたい、意味は通っていると思う。
第三聯の三行目は、漢字を残さなければならない。
これは、蘇東坡の詩からの引用なのだ。
蘇東坡『春夜』
春宵一刻直千金
花有清香月有陰
歌管樓台聲細細
鞦韆院落夜沈沈
かつては、彼ら韓国人だって、(漢字が読める階級の人間であれば、の話であるが)この詩を当たり前に、知っていた。
だが今はもう、捨てかけてしまっている。あまりにも、むざんである。
彼らの祖先たちに語りかけるためにも、『一刻千金』の四字熟語は、漢字として訳に残さなければならない。そう考えて、漢字にした。
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