台湾旅行記

台北四十八時間 – まずは、前書き。

2006年06月28日

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2006年六月末、台湾に行ってきた。
二年前に香港に行って以来の、中国文化圏への旅行だった。
と言っても、行ったのはせいぜいの三泊四日。しかも一日目は中正国際空港に深夜に着いて、送迎バスで台北・西門町のホテルに入ったのは現地時間で日が変わっていた。さらに四日目は朝まだ暗い時間にもう帰りの便のためにホテルを出たので、事実上二日間の旅だ。だから何てことはない。何てことはないが、色々と心に残った。足だけを頼りに、二日間日中は三十五℃を上回る炎天下の台北を歩き回った。その足が感じた、二日間の記録である。

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台北四十八時間 06/06/29AM00:00

2006年06月29日

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日本人(リーベンレン)、OK?

関空発の飛行機が遅延して、中正国際空港に到着したのは予定より一時間遅れて夜十時三十分だった。
入国審査の長い列、、、あ、入国カードをまだ書いていない。だがどこに置いてあるのか分からない。だから窓口に行って、聞いた。
「不好意思、請告訴我哪裡 disembarkment card ?」(漢語中級篇)

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台北四十八時間 06/06/29AM00:30

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西門町の『夫婦春秋』

さて、日付はもう変わってしまったが、このまま寝るわけにはいかない。こんな時間だから大それたことはできないながらも、街中に出てみようではないか。
ホテルのすぐそばに、食べ物屋が集まった一角が何ヵ所かあった。その一店に入る。

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台北四十八時間 06/06/29AM08:00

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でこぼこの歩道

ホテルに帰って缶ビールを2本流し込んで、寝た。目覚まし時計が部屋に備え付けられていないのが、ちょっと困った。

という心配も杞憂(きゆう)。きっちり朝食の時間、朝8時に起きることができた。自分の体内時計の正確さに、感謝するばかりだ。誰に感謝するのか?うーん、神さまにだろうか。

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台北四十八時間 06/06/29AM09:00

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台湾名物、機車(単車)二人乗り – 観察篇

ヴィム・ヴェンダース監督の映画『ベルリン・天使の詩』Der Himmel über Berlinの冒頭近くで、刑事コロンボの役で有名なピーター・フォークが映画内での役もまた「俳優ピーター・フォーク」となって、映画撮影のために旅客機でベルリンの上空にやってくる。映画の中の「俳優ピーター・フォーク」は上空からベルリンを眺めながら、つぶやく。「ベルリンか・・・エミール・ヤニングス(1920年代のドイツ映画スター)・・・ケネディ(J.F.ケネディ。1961年に当時の西ベルリンを訪問し、”Ich bin Berliner!” – 私はベルリン人だ – と演説して群集を熱狂させた )・・・シュタウフェンベルク(1944年のヒトラー暗殺未遂事件の首謀者のひとり)・・・・ばあさんならこう言うだろう、”Go spazielen“って。」と。

この”spazielen“はドイツ語で、「散歩する」という意味だ。

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台北四十八時間 06/06/29AM09:30

「ウルムチ」の道教寺院

大稻埕(ダーダオチェン)の目抜き通り、迪化街(ディファジェ)に入った。

この通りはまち全体の統一的な雰囲気が取れている。

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台北四十八時間 06/06/29AM10:30

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孔廟 – ビデオ鑑賞一回目

暑い。

まだ朝方なのに、自分が体力を消耗し始めているのが体で分かった。この炎天下の台北でいきなり歩き始め、体がこの気候の中での運動に慣れていない。このままでは旅行を続けられないと感じた。そこで”Go spazielen“はしばらくやめにして、地下鉄で移動することにした。とりあえず北の孔廟を見たら、一旦ホテルに帰ろう。そうしてシャワーを浴びて着替えを済ませて、次の行動に進もうではないか。すでに上着は汗でびっしょりとなっていた。

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台北四十八時間 06/06/29AM12:00

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孔廟 – ビデオ鑑賞二回目

孔廟に観光に行った人ならばきっと多くの人が会っていると思うのだが、私はここで先生・おねえさんのお二人と、ずいぶん長話をした。

一応「先生」「おねえさん」と、日本語で言っておく。お二人とも日本語が(おそらく漢語つまり標準中国語よりも)上手で、しかも私は彼らの母語であるはずの閩南語(福建省南部の言葉)をよく知らないので、あえて日本語で「先生」「おねえさん」と呼ぶことにしたい。(だから、日本語の「せんせい」の意味を込めて使います。漢語の軽い敬称である「先生」(シャンシェン)とは違う意味です。)

一応言っておくと、先生はこの孔廟ゆかりの一族の人である。おねえさんもこの辺の地元の人で、若い頃から孔廟の釈奠礼(せきてんれい。後に詳しく述べるが、孔子さまの生誕記念日)の裏方さんとして参加していた人である。

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台北四十八時間 06/06/29PM01:00

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孔廟 – ビデオ鑑賞三回目

この孔廟で、毎年九月二十八日に行なわれるのが、孔子さまの生誕日を祭る釈奠礼(せきてんれい)である。

この祭典は日本統治時代の1931年から、当時まだなお完工していなかったこの孔廟で始められた。第二次大戦が終結した1950年代以降、台北孔廟はその伝統を持続しただけでなく、さらに大々的に祭礼を挙行するようになったのである。儀式は、考証に基づいて古代の礼に則って行なわれる。儀式の首座である正獻官(せいけんかん)は台北市長が担当し、以下民生局長をはじめ市政府・市議会のトップクラスや学校校長・各区区長に市役所主任などが儀式に参加する。中央の総統府からも、内政部長が代理として派遣される。この面々に加えて、佾生(いつせい)と呼ばれる舞い手三十六人が、明朝時代の文献に残る記録に基づいた「佾舞」(いつぶ)という古代演舞を奉納する。、佾生は明朝時代の古代礼服をまとい、「翟」(てき。キジの羽)と「籥」(やく。竹の笛)をそれぞれの両手に持って、規定に基づいた舞いを行なうのである。この佾生はもともと地元の大龍國小の生徒が担当していたが、1989年以降は成淵國中の生徒に引き継がれている。(以上、漢語版Wikipediaの「台北孔子廟#祭礼大典」と台北市発行の孔廟パンフレットの説明に基づいて書いた。)

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台北四十八時間 06/06/29PM02:30

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孔廟 – 多謝、多謝、來飮茶!

おねえさん「昔の台北でいちばん大きなお祭りは、ここと、それと芝山岩(しざんがん)だったね。芝山岩にもよく行ったもんだよ。小学生の頃に、生徒みんなで並んで勤労奉仕に行った。」
数時間前に先生と話をしていたとき、先生が「ろくしせんせい」について何度も言及されたが、私は当初何を指しておられるのか、よくわからなかった。先生が字を書いてくれて、やっと思い至った。台北の北、士林(シーリン)にある芝山岩にまつわる歴史的事件について言っておられたのだ。つまり、「六氏先生」なのだ。私はこの事件についてある程度知っていたが、「六氏先生」という言い方は知らなかった。この「六氏先生」と芝山岩については、私は次の日に日本がかつて建てた「六氏先生」を祀る神社である芝山巖祠(しざんがんし)の跡に足を運んだので、その際詳しく書くことにしたい。

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